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陽の元に咲く花は [小説 : Dolly Shadow]

※ いつもよりBL色の強い作品があります。BLが苦手・嫌いな方、念の為15歳未満の方は、ここで引き返して下さい。
万が一ご覧になってご気分を害されても、此方は責任を負いかねます。
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
                      陽の元に咲く花は
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あの人の声で、目が覚めた。

 真夜中の、部屋。
 手に触れるのは、ただシーツの感触だけ。ぽっかりと空いた、その場所。
 バンリはぱちぱちと目を瞬かせ、探るように手を伸ばした。
 あの人の声が、聞こえる。
 それなのに。見つからない。
 零れ落ちる吐息の芯に、まだ残る、熱の余韻。目眩が、する。
 あの人の声が、聞こえるのに。
 世界はぼやけて、夢のよう。あの人のいない、夢、なんて。
「……………」
 軋む身体を引きずるように、バンリは身を起こした。
 素肌のままの脚が、シーツの上を滑る。
 身体を覆うワイシャツは、少し大きすぎる。だけど、さらさらと柔らかな、冷たさ。
 あの人の、優しさ。
「……千…紗……さん……?」
 ふるふると首を振って、あの人の呼ぶ。
 あの人の声が、聞こえるのに。
 眼鏡は。眼鏡は、どこ。
 何も、見えない。
「――――だから、その件は任せると言っただろう…… どうしても? お前達、少し俺を休ませようという気は…… ああ。ああ、だが……」
 暗く濁った世界の中で、ただ、あの人の声を辿る。
 あの人の声が、する方へ。
 ベッドから脚を下ろすと、真夜中の空気が素肌を撫でた。
 ぶるっと、身震いする。
 まるで隠そうとするように、脚にまとわりつく、柔らかな尻尾。その上を、長すぎるワイシャツの裾がするりと滑り落ちていく。
「……わかった。仕方がない、今から…… ああ、迎えを。頼む……」
 あの人の声が、聞こえる。
 黒いスクリーンにぼんやりと浮き上がる、金色の光。
 あの人の、光。
 手を伸ばすことを、少しだけ、躊躇った。
 だけど、胸の奥で疼くものが、この手を光へと伸ばしていく。
 多分それは、吐息の芯に残る余韻と、同じもの。
 脚が、ぐらぐらする。
 今にも、崩れ落ちてしまいそうなのに。支えてくれる手は、どこ。
「……全く……」
 小さな電子音と共に、何かを閉じる音がした。
 あの人の光がゆらりと揺らぎ、涼やかな音が鳴る。
 カラン、カラン。
 ウィスキーグラスの音色。
 あの人の好きな、蕩けるほどの、甘い香り。
「………ん? バンリ」
 ふと、あの人の気配が此方を向く。
 カランとグラスが鳴った。近づいてくる、足音がする。
「起きるな、まだ…… 無理するな」
 伸ばしたバンリの手を、まるでたしなめるように、その人はそっと捕まえた。
 ぼやけた世界の中に、ふっと、その人の姿が浮かび上がる。
 困ったように眉を顰める、その人の顔が見えた。
 やっと。見えた。
「……………」
 捕らえた手で、バンリ自身の胸元をそっと掴ませて。その人は、手を放す。
 ぼんやりと、バンリは顔を上げた。
 お日さまのような髪を揺らして、その人は、ほろ苦く微笑む。
「悪いな。急な呼び出しだ」
「……………」
「行って来る。お前は、寝ていろ」
 ぽん。
 その人の手が、肩を叩いた。ただ、微かな温もりだけを残して。
 微か、すぎる。
 どうして。
 はぁと深い息を付けば、微熱の余韻がまだ喉の奥で燻る。胸の奥が、まだじりじりと疼いている。
 なのに。どうして。
 胸から込み上げる震えが、身体中を、包んで。
 突き動かして。
 くしゃっと顔を歪めて、握らされた手を離して。手を、伸ばす。あの人へ。
「バンリ?」
 あの人が、目を瞬かせる。
 あの人の青い眼が、僕を見る。けれど。
 どうして。
 僕は、貴方のものなのに。
 貴方が、僕のものじゃないのは…… 何故。
「……千紗…さん……」
 カラン。
 ウィスキーグラスの、澄んだ音色。
 目の前のワイシャツを、きゅっと掴むと。引き攣れるように開いた胸元から覗く、首筋を描く、線。
 その人のワイシャツに、バンリは、顔を埋めた。
 さらりと頬に零れ落ちる、柔らかな金色の髪。
 強くその人の服を掴んで、身体を重ね合わせれば、その人の温もりが伝わって来る。仄かに。甘い、お酒の香り。
 やっと。でも。
「っ、バンリ……」
 驚いたように呟くその人の声が、綿毛に包まれた耳をくすぐるように撫でた。
 くすぐったい。ぞくりと震える肩を、その人の胸に押し当てる。
 どうして。
 抱きしめて、くれない。
「……紗…さん…… 千紗、さん……」
 焦れったい。何度その名を呼んでも、呼んでも。胸が焼ける、じりじりと。
 その人を、バンリは見上げた。その人の目に映る、泣き出しそうな自分の顔を、睨め付けるように。
 バンリ、と、その人の唇が動いていく。
 待てない。
 もう、待てない。
 ぐいと、ワイシャツを引寄せる。
 冷たい床から、踵を浮かせる。
 熱く滲む目をぎゅっと瞑って、バンリは、その人の唇に、自ら唇を押し当てた。
「………っ……」
 カラン。
 ウィスキーグラスが鳴った。
 初めて、自分から重ねた、唇。
 ただ触れ合うだけの、拙いものだけど。
 貴方がしてくれるようには、出来ない、けれど。
 それでも。重ね合わせた、柔らかさが。優しい、温もりが。やっと……
 やっと……
 震えていた身体から、力が、抜けた。
「………ん……」
 ずるりとその人の胸に沈むように、バンリは唇を離した。
 ただ、瞬きをする。何だか、目の前がまたぼやけたような気がして。
 キュッとワイシャツに掴まって、顔を少し上げれば。白く霞む世界の中で、その人の顔だけが、鮮やかに見えていた。
 さも驚いたように見開かれていく、その人の、青い瞳。
「……す、すみません」
 かぁぁと、頬が熱くなっていく。
 大きくはだけたその人の胸元も、仄かに開かれた唇も、自分の、せい。
 僕の、せい。
「あ、あの…… 僕…… すみません……」
「……バンリ」
 涼やかに、グラスが鳴る。
 氷のような冷たさが、ふと肩に触れた。だけど、それは一瞬だけ。
 衣擦れがして、背中にその人の腕が回される。
 初めはそっと。そして、ぐっと、強く。
 バンリは、顔を上げた。
 くしゃっと、首の後ろで、髪を掻き分ける音。
 見つめてくれる青い目が、そっと微笑んだ。
 そして、もう一度唇が重ねられる。
 今度は、その人から。さっきよりも、もっと深く、深く。
「……っ…、ん……」
 強くその人のワイシャツを掴んで、バンリはぎゅっと目を瞑った。
 何度も何度も、重ねられる。溶かされそうなほど、優しく絡みつく、温もりと。頭の芯が、じんと痺れる。目眩がしそうなほど。
 千紗、さん。
 千紗さん。
 声に、出来ないけれど。口付けの数だけ、何度も。何度も。
 ちりちりと舌を焼くような、ウィスキーの味。甘いシェリーの香り。気が、遠くなりそうで。
 涼やかな音がする。背中から。
 溶け合う吐息が、すぅと糸を繋いで。バンリは抱き寄せられるまま、金色の髪に頬を埋めた。
 喘ぐ喉から、呼び声の欠片が洩れる。
 千紗、さん。
 ぴくりと震える柔らかな耳に、その人はくすぐるように唇を沿わせた。
 その人の声が、聞こえる。
「……全く、お前は……」
 怒っているような。困っているような。
 くすくすと、優しく微笑んでくれている、ような。
「俺が、どれだけ我慢してると……」
「……千紗…さ……」
 口付けの音は、まるで戯れのよう。
 力の抜けたバンリを、その人は自分に寄り掛からせると、支えるようにぎゅっと抱き竦めた。
 その人の髪が、ふわりと頬に零れる。
 お日さま色の光が、包んでくれる。
 重なり合う身体に、温もりが染み込んでくる。ワイシャツ越しの、あの人の。ささやかな、だけど、優しい体温。
 ……バンリ。
 綿毛に包まれたこの耳に、そっと、囁かれる言葉。
 何て、言いました?
 聞こえない、けど。
 でも、大丈夫。ちゃんと、聞こえてる。
「……千紗…さん……」
 そっと顔を綻ばせて、バンリは、素直に身を預けた。
 カラカラと、ウィスキーグラスの音色。黒いスクリーンに滲む、遙か遠い、真夜中の街灯り。
 やがて、優しく漂う静寂の中を、携帯電話のバイブ音が無粋に流れ出す。もう夜は終わったと、告げるように。
 それでも。
 それでも、もう少し。
「……朝ご飯、作って…… 待ってます、から」
「ああ。待ってろ、バンリ」
 囁く優しい声に、こくりと頷く。
 そして、どちらからともなく離れていく、手と、温もり。皺になったワイシャツが、衣擦れを上げる。
 行って来ると、背を向ける人。
 お日さま色の髪が、ふわりと光の軌跡を描く。残り香のように。
 世界がまた、ぼやけていく。
 滲んでいく。闇の中に。
 
 
 
 
 
「……ああ、そうだ…… 眼鏡返すの、忘れてたな」
 ふと。
 どこか決まり悪そうに笑いながら、あの人は、また側に戻って来た。
 また目の前で揺れる、金色の髪。
 くすっと、バンリも笑みを洩らした。
 見えないその方へ手を差し出すせば、手のひらにそっと、仄かに暖かなものが乗せられる。
 それを、バンリは顔に掛けた。
 闇夜に包まれた部屋が、一瞬鮮やかに広がって。優しい温もりと共に、目の前はまた、お日さま色に包まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
■ 今回の犯行の動機。(人のせいにしない)
トリコさんが、企画で千紗とバンリを描いて下さいました。(許可をいただいたので、飾らせていただきます!)

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……何と言うか…… 心の琴線に思いっきり触れました。
見ていると、何かこう、空気が伝わって来るようなのです。
二人が感じてるお互いの温もりとか、ワイシャツの感触の柔らかさとか、絡み合う髪のさらさらとか、吐息の音とか……
どうしても何か書かずにはいられない気分になって、夢中で書き出していました。
イラストの中の世界とは、きっと違うものだと思いますが。
千紗に寄り添っていくバンリを見て伝わって来た温もりとか空気を書きたくて、こんな話を書いてしまいました。
トリコさん、素敵な空気の二人をありがとうございました。
ほたる君とガミ君登場にも、非常に癒されました^^
千紗とバンリは(特に千紗は)子供が好きみたいです。無邪気なお二人を見守る千紗とバンリの微笑み顔が、目に浮かぶようでした。
実は「千紗さんお菓子下さい、下さい」「ふふふ」な一幕だったなんてそんな、和みすぎる^^

■ バンリはいつも「そんな…」とか「僕なんか…」とか言ってますが、たまに千紗さん千紗さんになっちゃう時があるのです。
千紗がいなきゃだめなくらい、バンリは千紗が好きだから。
千紗さん千紗さんになっちゃったバンリ、書いてて楽しかった……^^
バンリは眼鏡がないと目の前のものしか見えませんから、取り上げられちゃったら、きっと千紗しか見えないです。
千紗は、バンリの眼鏡取り上げるのが好きだったらいいなぁ。
 
 
タグ:バンリ 千紗

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