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Happy Birthday "Father Kuze"! [小説 : Dolly Shadow]

イラスト:桜井嬢

■ ふわふわウォームの神父様、クゼさんが5月7日にお誕生日を迎えていました。
遅くなってごめんねクゼさん。お誕生日おめでとう!
(注:作品内に登場する教会等の設定は、全て創作上の架空設定です)
  
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 学生時代、私は自由な時間の多くをあの古書店カフェで過した。
 そこは、古びたレコードの音色がどこからともなく流れている、とても優しい空気に包まれた場所。
 古い紙の匂いの中に混じる、ココアの甘い香り。
 そして向かいの席から漂って来る、砂糖を入れない珈琲の、ちょっと大人っぽい香り。
 だが、その珈琲の香りが消えてしまってから、どれくらい経ったのだろう。
 残り香さえ残っていなかった、あの窓辺の席。
 世間知らずだった私は、あの珈琲の香りが、いつかまた私の鼻をくすぐるのではないかと…… その時を夢見て、いつもあの席に独り佇んでいた。
 それは、私にとっては、ある意味では幸せな時間。
 『彼』と過した大切な思い出を胸に抱きながら、ただその余韻に浸っていれば良かった。少し切なかったけれど、それでも、私にとっては安らぎでもあった時間。
 いつか、『彼』が来てくれるかもしれない。
 またあの時のように、彼と向かい合って本を読み耽る。そんな幸せな時が来るかもしれない。
 だけれど。
 時の流れというのは、公平で、そして残酷なもの。
 神は私の祈りを聞き届けることなく、時計の砂を落とし続けて…… そして、ついに最後の日がやってきた。
 それは、いつか来るとわかっていた日。
 切なく優しかったこれまでの日々を、あの珈琲の香りごと、思い出に変えなければいけない日。
 そう。
 私が、大学を卒業する日。
 世俗を離れ、再び修道院に籠もらなければならない。その日が、やって来た。
 
 
 
 
 
 
「そうかい、卒業かい。おめでとう」
 カウンターの奥にいるおじいさんが、皺だらけの顔で笑ってくれた。
 学生街の一角にある、小さな古書店カフェ。
 そこは今日も古いレコードが流れていて、窓からの風に観葉植物がさやさやと揺れている。変わらない、優しい場所。
 でも、ここへ来るのは今日でもう最後。
 飲み干したココアの香りが、窓辺の席から微かに漂っていた。後ろ髪を引かれるような、一抹の淋しさが胸を過ぎる。
「……ありがとうございます。マスター」
 黒い修道服を着た私は、卒業証書を手に、少しぎこちなく頬を緩めた。
 自分では、精一杯の笑顔を浮かべているつもりで。
 大学の卒業式を終えた私は、修道院に帰る前に、この店へと立ち寄った。
 このまま修道院へ帰ってしまえば、もう自由に外へ出ることは出来なくなってしまう。
 修道士の姿でこの店へ来るのも、これが最初で最後。
 私の胸に輝いている銀の十字架を、マスターは、まるで孫の晴れ姿を見るような目で見上げた。
「もう来られなくなってしまうのかい? 淋しいねぇ」
「はい…… これからは、司祭の位を得る為の修行に入ることになっています」
「そう、神父さんになるって言ってたもんねぇ。大変そうだけど、頑張るんだよ。もし神父さんになって自由に外に出られるようになったら、またいつでも寄ってね」
「……はい…… その時の為に、頑張ります」
 詰まりそうになる言葉を噛みしめながら、私は、懸命に笑って見せた。
 おじいさんも、うんうんと頷いてくれる。
 今にも胸がいっぱいになってしまいそうで、とても苦しかった。
 震えそうな唇で微笑みを作るのは、とても辛かった。
 でも、もう終わりなのだ。
 優しい夢を見ていられる時は、もう今日で終わり。
 これからは、私は『自分』を捨てなければならない。神に身も心も捧げた者として、世の人々の為に祈り続けなければならない。
 ただ、『彼』の為だけに…… では、なく。
 十字架を掛けた胸が、まるで焼けるように痛かった。
 まるで私を戒めているかのように、じりじりと痛くて、熱かった。
「もし、あのムシチョウの子が来たら…… 伝えておくからね。君のこと」
 いつものように、マスターは言ってくれる。
 それは、私がこの店から帰る時に毎度のように言ってくれていた、優しい言葉。
 私は、いつもこの店で『彼』を待っていた。
 私と同じく、ここの常連だった彼。
 知っているのは、タカヒロという名。そして、医学生らしいということだけ。
 ある日突然来なくなってしまった彼を、当てもなく待ち続けていた…… あの頃の、私。
 でも、本当は私にもわかっていたのだ。
 いくら待ち続けても、彼はきっと、もう二度とここへは来ない。
 だから。
 結局彼が来ることはなかったという事実を目の前に突き付けられても、私は、それほど悲しくはなかった。
 わかっていたことだから。
 内心では、ずっと前から。だというのに……
「っ……」
 マスターの言葉を聞いた途端、私の胸はびくりと跳ねる。
 唇の端が、震え出す。
 微笑みを浮かべるのが、苦しくてたまらなかった。きゅっと唇を噛みしめて、私は俯いてしまう。
 流れる、沈黙。
 窓の下の学生街を、楽しげな声が通り過ぎていく。
 あの窓辺の席で、そんな学生達の声を聞きながら、彼と一緒に過した時が…… もう、遠い昔のようだ。
 そう。
 もう、昔の思い出なのだ。
 そういうことにしなければならないのだ。今日からは。
 この胸の痛みを抑える言葉を考えながら、私は、自分でもそれにやっと気が付いていた。
 彼が来なかったことが悲しい、というよりも。
 それよりも、ずっと大切に抱き続けてきた『彼』という存在に、自分自身で別れを告げなければならないのが…… どうしようもなく、淋しいのだと。
「……マスター」
 私はぐっと息を飲み込むと、顔を上げた。
 目の前の景色が、少しだけ滲んで見える。
 黙って私を見守ってくれていたおじいさんは、変わらない笑顔でうん? と首を傾げた。
「ん、何だい?」
「あの…… 最後に、ひとつお願いしたいことがあるんです」
 ぐっと、私は胸の十字架を握りしめる。
 それは、今までずっと私が胸に掲げていたもの。
 向かいに座る彼の仕草ひとつひとつに、密やかに心ときめかせていた時も。
 独りであの席に座り、来る当てのない彼の為に祈っていた時も。
 私の胸に秘めた想いを、まるでその中に閉じ込めているかのように…… 握っているとほんのり暖かい、私の十字架。
 それを最後にぎゅっと胸に押し当てると、私は、それを首から外した。
 そして全てを手の中に収め、おじいさんへとそっと差し出した。
「どうか、これを預かっていただけないでしょうか。それで、もしもいつか彼がここへ来ることがあったら…… これを、彼に渡していただきたいのです」
 しゃらりと、涼やかな音色。
 おじいさんの皺だらけの手に、私の十字架が零れ落ちる。
 私とその十字架とを見比べ、おじいさんはしばらく目を瞬かせていた。生まれて初めての物を手にするかのように。
 さっきまで私の胸を飾っていた、銀の十字架。
 その軌跡を辿るように、おじいさんの眼差しが私を見上げる。
「ああ、それはもちろん良いよ。でも、いいのかい? よくわからないけど、修道士さんには大切なものじゃないのかな」
「いえ…… 僕は、新しい十字架を頂くことになっていますから。これは、もういいんです」
 少し眉を寄せながら、私は頬を緩めて見せた。
 この人には随分お世話になってしまった。だから、これ以上の面倒を掛けてしまうのは、心苦しいけれど。
 でも、こうするしかなかったのだ。
 私の想いの全てを吸い込んだ、あの銀の十字架。それをこの首に掛けたまま、閉ざされた修道院へと戻っていくなんて…… そんなこと、とても出来そうもなかったから。
 生まれて初めての、胸がときめくような想いも。
 切なくも優しかった、大切な思い出も。
 もう二度と会えない『彼』に、いつの日か届くことを夢見て…… その想いごと、全て、ここに置いていこう。
「どうか…… 預かって下さい、マスター。お願いします」
 おじいさんの姿が、じわりと滲んでいく。
 喉に痞えそうな熱の塊をぐっと飲み下して、私は、ただ深く頭を下げた。
 古いレコードの音色が、どこからともなく聞こえていた。
 窓から入る風に、観葉植物が揺れていた。 
 最後の日の、最後の時まで、ここはいつも変わらずに穏やかで、優しい時間が流れる場所。
 彼も愛していた、優しい場所。
「うん。わかったよ」
 頭を下げたままの私の手を、おじいさんがそっと取る。
 そして、十字架を私とおじいさんの手の間に挟むと、まるで童話の善いおじいさんのように、にこりと微笑んだ。
「大丈夫。君の大事なものは、ここでちゃぁんと預かっておくからね」
「……マスター」
「あのムシチョウの子が来たら、必ず渡してあげるからね。だから、君も元気で…… これからも、頑張ってね」
「ッ…… は、い…っ……」
 こみ上げる熱が、もう抑えきれない。
 私はぎゅうっと目を瞑ったまま、もう一度深く頭を下げた。
 そして、おじいさんに見送られて、思い出のカフェを出て行く。
 余韻のようにたなびく、ドアベルの音色。
 階段を下りる自分の足音が、まるで後から付いてくるかのように、いつまでも長く響いていた。
 外へ出れば、そこは夕暮れに包まれた学生街の景色。
 赤いレンガの道に独り立って、私は、卒業証書の筒をぎゅっと握りしめた。
 ……さぁ。
 これでもう、お別れだ。
 さようなら。
 さようなら、タカヒロ。
 あの場所で出会った君のこと、忘れないよ。ずっと。
 素晴らしい思い出を、ありがとう。
 さよなら。どうか、幸せに……
「……………」
 黒革の筒を鞄に押し込み、私は駅の方へと歩き出した。
 十字架が無くなったこの胸は、何だか、切ない程に軽くなっていた。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
               *
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「おまたせしましたっ」
 可愛らしい少女の声に、私は少し顔を上げた。
 どこからともなく流れてくる、古いレコードの音色。代替わりしたらしき窓辺の観葉植物が、涼やかな風に変わらずさやさやと揺れている。
 漂う古い紙の匂いも、とても懐かしい。
 かつて私が愛した、思い出の場所。
「ココアです。どうぞ」
 テーブルの隅の方に、少女は湯気の立つマグカップとカステラの乗った小皿を置いた。
 あの頃と変わらない、甘いの香り。
 私服のフロックコートを着た私は、読んでいた本を閉じると、にこりと目を細めてみせた。
「ありがとう…… とても懐かしい香りだよ」
「そうですか、良かったっ。昔の常連さんにそう言っていただけると、何だかホッとします。お店の味は変えちゃいけないって、おじいちゃんに言いつけられましたから」
「そう、偉いね。ちゃんとおじいさんの言いつけを守っているのだね」
「はいっ。だってここは、おじいちゃんがずっと大切に守っていたカフェですから」
 頬を薔薇色に染めて、少女はぱぁっと顔を綻ばせる。
 そのとても愛らしい少女に、あのおじいさんの面影はどこにもない。
 だけど、私は…… 微笑む少女の隣に、あのおじいさんの笑顔が見えるような気がした。
 懐かしい、優しい空気。
 今も、全く変わっていない。流れている時間まで、あの頃のまま。
「あ、では、ごゆっくりどうぞ」
 エプロンをふわりと翻すと、少女はカウンターの奥へ戻って行った。
 途中で本棚から売り物の本を抜き取り、それを楽しそうに小脇に抱えながら。
 くすっと、私は少し笑みをもらす。
 そして、白いカップを取り上げると、暖かなココアをそっと口に含んだ。
「……うん…… 美味しい」
 あれから、十年の時。
 念願の自分の教会を得た私は、やっと自由な時間が持てるようになり、またこの古書店カフェを訪れるようになっていた。
 そうは言っても、あの頃のようにほぼ毎日とはいかない。本当に、時々だけれど。
 それでも、私が昔の常連だというのもあってか、マスターの少女はいつも嬉しそうに私を迎えてくれた。
 そして、あの頃と同じように、ココアとカステラのセットを出してくれる。
 あのおじいさんのマスターは、残念ながら数年前にお亡くなりになってしまったらしい。
 今マスターをしている少女は、おじいさんのお孫さんだ。
 先代マスターの言いつけを忠実に守っている彼女は、カフェの中の雰囲気も、メニューの味も、あの頃のままに残してくれていた。
 いつも私が座っていた窓辺の席へ、十年後の私がまた腰を下ろす。
 変わらない、ココアの香り。
 さやさや揺れる観葉植物と、どこからともなく流れる古いレコードの音色。
 ああ、なんて幸せなことだろう。
 胸の十字架に手を当て、私は祈るように目を閉じる。
 目の前の席に、もう『彼』はいないけれど。
 それでも、あの珈琲の香りだけは…… 私がそう望めば、それはいつでも向かいの席から漂って来る。
 その幸せな時のことを思い出しながら、私はそっと十字架を胸に戻し、ココアのカップを傾けた。
 甘くて、とても美味しい。
 胸の奥の方が、じんと熱くなるような…… 懐かしい、ココアの味。
「……あの。すみません、お客さん」
 ふと、少女の控えめな声が私を呼ぶ。
 物思いから引き戻された私は、ココアを置いてにこっと目を細めて見せた。
「うん、何かな」
「あの、確か、お客さんは神父様なんですよね。昔このお店に来て下さってた時も、そうだったんですか?」
「うん? いや、あの頃はまだ神父ではなく、ただの修道士で…… ああでも、神に仕える身だったことは変わりないけれどね」
 答えながら、私は少し首を傾げる。
 確かに、自分が司祭だという話は以前にしたことがある。無事に神父になれたことを、おじいさんに報告出来なかった代わりに。
 だが、突然に何故……
 目を瞬かせる私の前に、少女は、後ろ手に隠していたものをそっと差し出す。
「実は、もしかしたらこれをご存知ないかなって思って…… 見てもらえませんか?」
「うん? どれどれ……」
「これ、おじいちゃんが、常連のお客さんからお預かりしたものらしいんです。いつかお渡しするべき人が来た時の為に、ずっと取っておかなきゃいけないんだよって、おじいちゃん、私に言いつけて……」
「…………っ……」
 がたっ。
 私の足元で、椅子が音を立てる。
 思わず腰を浮かし掛けて、私は少女の手のひらを凝視した。
 白くほっそりとしたその手の中に、大事そうに包まれているのは…… 見覚えのある、銀の十字架。
 淡い銀色の輝きが、私の目を焼く。
 私は、無意識で手を差し出し、少女の手からそれを掬い上げていた。
「………これ、は……」
 ひやりと冷たい、銀の感触。
 だが、少女がその手の中に包んでいたせいだろうか。十字架は、ほんのりとぬくもり帯びていた。
 どこか懐かしい、この…… 感じ。
 声にならない吐息を、私はぐっと飲み込んだ。そして、それを恭しく目の前へと掲げる。
 ああ、そうだ。
 間違いない。
 紛れもなくこれは、あの時置いてきた、私の十字架。
「……そう…… おじいさん、ずっと、大事に預かっていてくれたのだね……」
 こみ上げるため息が、声を震わせる。
 十字架の形が、ぼんやりと滲んで見せる。
 私はほぅっと息をつくと、椅子に座り直し、ココアを少し口に含んだ。
 懐かしい甘みを飲み下して、私は少女を見上げる。
「ありがとう。これはね…… 私が最後にここへ来た時に、おじいさんに預かってもらった十字架なのだよ」
「そうだったんですね。良かった! 思い切ってお尋ねしてみて」
 少女もほっと息をついて、愛らしい顔を綻ばせる。
 つられるように、私もそっと微笑みに頬を染めた。
 懐かしい十字架は、カーテン越しの陽射しを浴びて、淡い銀色に輝いている。
 いつか『彼』に渡して欲しい。
 そう言って、おじいさんにお預けしたものだけれど。もう、その必要もなくなった。
 ありがとうございました、おじいさん。
 すっかり遅くなってしまったけれど…… 今日、引き取っていきます。
「ずっと預かっていてくれて、ありがとう。これは受け取らせてもらってもいいかな」
 そう言うと、私はその銀色をそっと手の平に包む。
「ある人が来たら渡して欲しいって、おじいさんにお願いしていたのだけれど…… もう、その必要もなくなったからね」
「そう、なのですか……」
 愛らしい少女の顔が、少し曇る。悲しい物語を想像したのだろうか。
 私はにこっと笑って見せると、静かに首を横に振った。
 そんなことはない。
 きっと、決して悲劇などではないのだ。
 そこにはきっと、たくさんの涙や絶望があったのだろうけれど…… 今そこにあるのは、優しく穏やかな停滞の時。
 だから。
 あの丸い眼鏡を思い浮かべながら、私は、懐かしい十字架をそっと胸に納める。
「本当に長い間ありがとう。今度その人も連れて来るから、その時は珈琲とココアをお願いするよ」
「……っ…… はい、ぜひ!」
 ぱぁっと花が綻ぶように、あどけない少女が微笑む。
 そんな、どこか懐かしい微笑みを見ながら…… 私も、じわりと熱くなる目をそっと細めていた。
 あの頃の、銀の十字架。
 懐かしい、あの頃の想い。
 十年の時を経て…… あの頃の私が、やっと、私の元へ帰ってきた。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
               *
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あ、クゼさん。お帰り!」
 教会に帰ると、閉ざされた礼拝堂の扉の前でクロメの少年が振り返った。
 少女のような愛らしい顔に浮かぶ、さもホッとしたような表情。
 私は自然に頬を緩ませると、礼拝堂へ続く数段だけの階段をゆっくりと登る。
「ただいま、アヤセ。すまなかったね、出かけていたものだから。随分と待たせてしまったかい?」
「ううん、オレも今来たトコだぜ。何か手伝うことないかと思ってさ。……それと、後でココア飲ましてもらおうと思って」
「ふふっ。いいよ、後でとっておきのを作ってあげようね」
 可愛い子猫の頭を撫でてやって、私は礼拝堂の扉を開いた。
 ステンドグラスから降り注ぐ、夕暮れの陽。祭壇に掲げた大きな十字架が、淡い虹色に輝いている。
 ここは、私の教会。
 あの頃『彼』に語った夢が、少しだけ形になった場所。
 懐かしい十字架を手に掲げ、私はステンドグラス越しの陽にそっとかざした。
 おかえり、あの頃の私。
 そして、これから…… 懐かしい私の想いを、遂げてこよう。
「ねぇ、アヤセ」
 私は十字架をぎゅっと握りしめると、シャツの襟を少し開け、胸元へとそれを収めた。
 そして、私を慕ってくれる可愛い子猫へと、振り返る。
「すまないね、ココアは少し待ってもらってもいいかい? 少々お留守番を頼みたいのだけれど、いいかな」
「ん? ああ、いいぜ。まだ用事残ってたんだ」
「うん、ひとつだけね。すぐに戻るから、待っていてくれたまえ」
 素直に頷く子猫の頭をまたひとしきり撫でてやって、私はそっと踵を返した。
 開いたままの扉から、橙色の夕陽が射し込んでいる。夜が訪れる前の、暖かくて優しい光。
 その眩しさに私は目を細め、少し足を止めた。
 胸の上で、懐かしい十字架が跳ねた。
「……ふふっ」
 ふとおかしくなってしまって、私は独り笑みを洩らす。
 司祭ともあろうものが、こんな年甲斐もなく、はしゃいだ気持ちでいるなんて。
 本当は、出かけるのは今でなくてもいいのに……
 でも。
 何だか、今すぐに会いたいのだ。懐かしい『彼』の面影に。
「あ、そうだ。クゼさん、どこ行くの?」
 背後から、アヤセの声が掛かる。
 いつも私を気遣ってくれる、可愛い声。
 私はくるりと振り返った。
 そして、胸の上の十字架をそっと手で押さえると、にっこりと子猫へと微笑んで見せた。
「鈴影先生のところに行ってくるよ。少々渡すものがあってね。ふふっ」



 夕暮れの道を、独り歩く。
 胸に古い十字架と、懐かしい想いを抱いて。まるで、あの頃に戻ったかのように。
 あの店に流れていたレコードの音色が、頭の中を過ぎっていった。
 風の中にふわりと、珈琲の香りが混じったような気がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
■ ふわふわ桜色髪のウォーム、クゼ神父がお誕生日を迎えました!
もう1ヶ月近く遅刻ですよ…… 本当にごめんねクゼさん!><
でも、お誕生日話が書けて良かったです。けっこう前からいつか書こうと思っていた話ですし。
おめでとう、クゼさん!





クゼさんは、小さな教会を独りで守っている神父様。
いつも優しい笑顔を浮かべていて、人当たりも漂う雰囲気も柔らかい、『ふわふわ』という言葉の似合う人です。
と、一見すると人畜無害な人のようなのですが…… 実はクゼさん、意外としたたかな人でして。
実は内面では色々なことを考えたりもしているのですが、常に微笑みを浮かべているので、ちょっと食えない感じの人でもあります。
実はちょっとSの気があったり、肉類が好きな肉食だったり、意外とめんどくさがりなところもあったり……
とは言っても、基本的には優しくて善良な神父様。
ただ優しくて真面目なだけの人じゃなくて、ちょっと(かなり?)お茶目な面も持ってるんだよって感じです^^
それに、生まれてからずっと修道院で育って来た人なので、やっぱり少し世間知らず。
懸命に大人らしくあろうとしていますが、内面はどうしても子供っぽいところも残っているようで…… 神父様スマイルや、したたかな一面とかは、そういう自分の弱さを隠す為でもあるようです。
神父という立場もあり、密かに叶わぬ片想いしていることもあり、色々と思い悩むことの多いクゼさん。
書く側としても、クゼさんの話は書いていてとても楽しいです^▽^
特に、クゼさんは一人称が似合いますね。
DollyShadow組の中でも、クゼさんは1・2を争う書きやすいキャラです。



「やぁ、ようこそ。よかったらお茶でも飲んでいきたまえ。……ああ、その変なぬいぐるみは退けてしまっていいからね」
 
 
クゼさんの教会は、DollyShadow組たちの憩いの場。
いつでもどんな時でも優しい笑顔で迎えてくれて、美味しいお茶やココアを振る舞ってくれるクゼさんは、都会の闇という厳しい世界で生きるアヤセら裏家業人たちの癒しでもあるようです。
みんなに愛されているクゼさんは、DollyShadow組を中心でまとめてくれている人でもあります。
そんなクゼさんは、実は千紗の腹違いの兄であることを知らされたばかり。
まだ兄弟であることは皆には内緒にしていますが、千紗も『兄上殿』と呼んで、お忍びで教会を尋ねたりしています。
そして、最近よく教会を訪れるようになったのが、バンリの兄である海里でして……
何やらクゼさんに好意を寄せているかのような態度でクゼさんに接するので、クゼさんもちょっと困惑しているようです。
ただ、海里の態度はすごく紳士的なので、邪険にも出来ず……
時々、クゼさんが海里の別邸の和風邸宅に軟禁されている状況の話を書くことがありますが、あれは今後そうなるであろう時間軸の話です。
まだそこまで話が進んでいないのに、そんなかいくぜ(海里×クゼさん)話が書きたかったもので^^;
ありがたいことに、かいくぜを気に入って下さっているというお声もいただくことがあって、ミズリ的にはすごく嬉しくなってます^▽^
クゼさんには幸せになって欲しいのですが、苦悩の神父であるクゼさんもすごく書いていて楽しいので…… その辺、何とも悩ましいところであります。
ま、まぁ、これも愛ですよね!(*`・ω・´)キリッ



「え、私に似ているって? そ、そんなことないと思うけれど…… むぅ……」


そして、クゼさんで忘れてはいけないのは、10年前のエピソードです。
今回はその10年前エピソードの、時間軸上では一番最後になる話でした。いつかこの時の話書こうと思っていたので、ほっ^^(すごく遅くなっちゃったけど……)
この辺の話はよく書いていますが、クゼさんは10年前にあの古書店カフェで初めての恋をしたのです。
もちろんそれが叶うわけもなかったし、世間知らずだったクゼさんは自分の恋心にすら気付くことなかったのですが……
そして10年が経った今、大人になったクゼさんは、もう一度初恋を再発させてしまって今に至るのです。
やっぱり相変わらずの片想いですし、色々と悩んだり葛藤したりすることもあるようですが、それでもクゼさんは幸せみたいです。
生まれた時から神に仕える身で、恋なんて出来るとは思ってなかったですからね……
密かな恋心を抱いた神父様。
そんなちょっと危うい感じのところが、クゼさん書いてて楽しいところでもあります^^*
ちなみに、お話の最後にクゼさんが会いに行った『鈴影先生』のは、もちろんまひろさん宅の鈴影先生です。
鈴影医院を訪れたクゼさんは、「これ君にあげるよ。いいから、お守り代わりに持っておきたまえ」とか言ってさらっと十字架をお渡しする(押し付ける・笑)だろうなーと……
本当はそこも書きたかったのですが、話的に蛇足になってしまうので、そこはご想像におまかせで。
いつもクゼさんやうちの子たちがお世話になっています、鈴影先生。
これからも、クゼさんとお友だちでいていただけたら嬉しいです^^
というわけで…… すごく遅くなっちゃったけど、改めてお誕生日おめでとうクゼさん!
これからも、みんなの優しい神父様でいてね^^
 
 

 
 
■ やー、こんなに更新がご無沙汰になってしまって、すみませんでした~><
ちょっとリアルの方が忙しかったのと、文章の方がどうにも調子が出なくて…… せっかくのクゼさんのお誕生日なのに、こんなに遅くなってしまいました。
でも、本当に書けてよかったー!
クゼさんは教会を持っていることもあるし、うちの子の中で唯一の民間人なこともあるし、他の方のお子様ともちょっと交流させていただけたりしてすごく嬉しいです^^
クゼさんは神を信じてる信じてないは全く気にしない人ですから、ちょっと美味しいお茶やココアが飲みたくなった時でも、ゆっくりしたくなった時でも、ぜひクゼさんの教会へ遊びに来て下さいね。
お客様をおもてなしするのが好きなクゼさんなので、喜んでお迎えします^^
いつもうちの子たちと遊んで下さる方々、どうもありがとうございます!

■ さて、次回ですが…… ちょっと週1は難しいかもしれませんが、最低でも2週間に1度更新ペースはキープしつつやっていきたいと思ってます。
まだオンラインの方未発表の長編があるので、そちらを連載しようかと……
その間に、先日予告編をUPした長編を書こうと思ってます。
これからもどうぞうちの子たちの話にお付き合い下さいませ~^▽^






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