チャコールとヒナタの過去の話 [小説 : Dolly Shadow]
■ 運び屋ヒナタと情報屋チャコールの過去話です。
チャコールがまだ10代前半の頃。ヒナタの弟分として面倒を見てもらっていた頃です。
ちょっと殺伐とした雰囲気を含みます。
やれやれと息をついて、車のドアを閉めてやる。
そして自分は運転席の方へ回り込むと、シートに身を投げだし、バタンとドアを閉めた。
静寂に包まれる車内。
裏通りを包んでいた下卑た喧噪から切り離される。
耳鳴りがしそうなほどに、車内は静かになった。どちらも口を開こうとはしない。二人とも。
ギシッと、ヒナタの座席が軋む。
律儀にシートベルトを締めながら、ヒナタは、助手席の少年をちらと見遣った。
「ったく、どうしちまったんだか…… お前さんらしくないな。チャコール」
「……………」
沈黙だけが、男のぼやきに応える。
助手席の少年は、ただ項垂れたまま、ぐたりとシートに身を沈めていた。
ぐちゃぐちゃに乱れた、銀色の髪。
漆黒のヴォルグの翼は土埃で斑模様に汚れ、どこか不自然に歪んでいる。
羽織ったジャケットも、彼が気に入っていたはずのジーンズも、汚れたり破れたりでボロボロになっていた。
ところどころに染み込んだドス黒い染みが、車のシートにもじわじわと滲んでいく。
それを見て、ヒナタは眉を顰めた。
二重の意味で。
「まぁ、あれだ。命があっただけ幸いだったって、思うしかねぇだろうぜ」
またやれやれとため息をついて、ヒナタはシートに深く身を沈める。
そして、指に絡めていたキーを鍵穴へと押し込んだ。
「無茶に決まってんだよ。ただのガキひとりが、賞金首に突っ込んでくなんざ」
「……………」
小気味よい呻りを上げ、エンジンが動き出した。
静寂に包まれていた車内に、僅かな震動が広がっていく。眠っていた生き物が目を覚ましたように。
洒落た革張りのハンドルに手を掛け、ヒナタはゆっくりとアクセルを踏んだ。
車は静かに進み出し、荒んだ裏通りの風景を置き去りにしていく。
「アイツは、運が悪かったのさ。……無謀だったってのもあるかもな。じゃなきゃ、魔物も出入りするような店に潜り込んだりするもんか」
ちらとサイドミラーに目を遣り、ヒナタはハンドルを切った。
細い路地を抜ければ、そこは大通りへと繋がっていく道。
陽の元を歩けない者達の掃溜めから、ビル街の灯りに照らされた道へ。青銀色の車が滑るように走っていく。
「アイツは、仕方がなかった。だが、お前さんは違うだろ。チャコール」
「…………」
「お前さんは、頭が良い。たいした力もねぇガキがひとりで突っ込んでって、どうなるかなんざ…… 充分、わかってただろうが」
なぁ? と、ヒナタは呼びかける。
助手席で項垂れたままの、ぼろぼろの少年に。
気が付いてみれば、その左手にはまだナイフが握られたままだった。右手のナイフは、ヒナタが腕を掴んだ時に落としてしまったらしい。
やれやれと、ヒナタはまたため息をつく。
数日前―――― ひとりのガキが、賞金首の魔物に喰い殺された。
陽の当たらない裏通りでは、そんなことは良くあること。人知れずリヴリーが魔物の餌食になるなど、ここでは日常茶飯時だ。
だが、こないだ殺されたガキは、ヒナタの見知った顔だった。
そして、チャコールにとっては、なおのこと。
ストリートチルドレン上がりのそのガキは、何故かチャコールによく懐いていた。同じヴォルグだっていうのもあったのだろうか。『アニキ』などと呼んで、よく近くにまとわりついていた。
チャコールも表面ではウザがっていたが、内心悪い気はしていなかったのだろう。ヒナタの弟分であるチャコールにとって、初めて『兄』になれたのが嬉しかったのかもしれない。
だが。
そのガキは、無謀にも賞金首の魔物に深入りし、殺された。
死体は当然残らなかったが、血みどろになった服や持ち物だけがゴミ捨て場に打棄てられていた。
それを見た時の、チャコールの顔は……
いつも巫山戯たようにニヤニヤ笑っていたチャコールが、まるで別人だったのではないかと、思うほど。
そして、チャコールはヒナタの元を飛び出し、あわやというところをラシャが雇った裏家業人によって助け出された。
ボロボロになったチャコールの腕を掴み、車のライトの前へ引っ張り出した時。
その時チャコールが浮かべていた表情は、なんと、言ったら良いのか。
助手席で項垂れている少年が今もその顔をしているのか、汚れた前髪が邪魔で、ヒナタには見えない。
だが、それは。
それは、ヒナタにも見覚えのある、表情。
遠い昔、鏡に映る自分が浮かべていたのと同じ。どうしようもない現実を思い知らされた、絶望の、顔。
「仇でも、取りたかったのか?」
「…………」
少年は、僅かに髪を揺らした。
肯定したのか、否定したのか。それは、きっと誰にもわからない。
「どんな手使ったんだか知らないが…… ヤツの居場所突き止めたのは、褒めてやるぜ。俺やラシャの旦那の手も借りずにな。良くやったよ」
「……………」
「だが…… 馬鹿だ、お前さんは。理解出来る頭も、飲み下せる度量も持ってるクセにさ。する必要もねぇ怪我して。俺の車、汚しやがって…… 馬鹿だよ。お前は」
すれ違う車のライトが、項垂れる銀髪を白く照らす。
車は路地を抜け、大きな通りへと入っていった。オフィスビルが建ち並ぶ、イルミネーションに包まれた華やかな通り。その裏にある薄汚れた世界など、まるで始めからなかったかのように。
規則正しい流れに車を乗せると、ヒナタは懐から煙草を取り出し、片手で器用に摘み上げた。
ライターを押し込み、火のないそれを口に運ぶ。
僅かに開けた窓から、冷たい外の空気が吹き込んで来る。
「……じゃあ……」
風音に掻き消されそうなほど、微かに。
助手席の少年が、口を開いた。
「じゃあ、アンタは…… ただ泣き寝入りしてろって、言うのかよ」
ヒナタは、煙草を運ぶ手を止めた。
かちりと音がして、ライターがせり出してくる。火が付きましたよ、と。
だが、煙草を挟んだままの手を、ヒナタは窓枠の上に置いた。
煩い風音を聞きながら、彼は、静かに告げる。
「あのな、チャコール。俺達は、正義の味方でもなければ、スーパーマンでもないんだぜ」
そっけなく言い捨てられた、言葉。
煙草に火を付け、ヒナタはそれを口に運んだ。白い煙と共に、深い息が吐き出される。
「俺達は、ただのチンピラだ。企業人共みたいに、金やら権力やらがあるわけじゃねぇ。まして、俺みたいな戦闘センスのない野郎は、車で頼まれ物運ぶ程度のことしか出来やしない。魔物をとっちめてやろうなんざ、とてもとても」
「……………」
「チャコール、お前は確かに俺より腕っぷしは強い。だが、お前さんがそれなりに戦えるのは、魔物の遺伝子のおかげだろ。俺らの中じゃそれなりでも、賞金首みたいな強い魔物に太刀打ち出来るとは…… とても、思えねぇな」
立ち上る煙が、窓の外へ吸い込まれて行く。
ヒナタは窓を更に大きく開けると、その縁へ肘を乗せた。肘掛け椅子にくつろぐように。
冷たい夜風が強く吹き込み、二人の髪を大きく揺らした。
窓の外に灰を落とし、煙草がまたその口元へと運ばれていく。
「……思い上がってんじゃねぇよ、クソガキが」
ヒナタは、吐き捨てた。
助手席の少年が、僅かに肩を揺らす。
「お前がのたれ死にでもしたらな、俺がラシャの旦那に土下座することになるんだぜ。兄貴分の俺に恥かかせたいのか、お前は」
「……………」
煙を巻き上げていく、煩いほどの風音。
どこか遠くで、パトカーのサイレンが響いていた。都会の夜の、ありふれた音。車を包む沈黙の中を、虚ろに吹き抜けていく。
その音の方を、ヒナタはちらと見遣った。
そして、ふぅと深く煙を吐き出す。
まだ長い煙草を灰皿に押し入れると、ヒナタは窓を閉めるボタンを押した。
風音が遮断され、また静寂が戻って来る。
耳鳴りがするほどの、静寂。
「……まぁ、お前さんはそういう馬鹿をやった身ってわけだ」
ふと、ヒナタが口を開く。
「だから…… せっかく集めた情報、無償流用されても、文句言えるような立場じゃねぇな?」
「…………」
助手席から、僅かな視線が向かってきた。意味を計りかねたように。
それ以上特に何も言わず、ヒナタは懐から携帯を取り出すと、器用に片手で操作した。
そして、通話ボタンを押すと、そのまま耳に押し当てる。
静寂の中に流れる、微かな呼び出し音。
やがて、それはぷつりと途絶え、誰かの声が漏れ出てくる。
「ああ、どうも、旦那。俺です。ええ、全くとんだ災難でしたよ。ガキってのはこれだから…… はは、まぁ。それで? そっちの方は、どうなりました」
電話の向こうと軽口を叩き合っていたヒナタは、ふと声のトーンを落とした。
そして、それきり何も喋らなくなる。
静寂の中に、低い男の声がぼそぼそと響いていた。だが、助手席の少年には何もわからない。何を言っているのか。誰の声かすら。
やがて、ヒナタはふぅとため息をついた。
そして僅かにその目を細めると、携帯を反対の耳に持ち替える。
「……そうですか。そりゃ良かった…… ええ、伝えておきますよ。ええ、ええ…… それじゃ、後ほど」
ピッ。
通話が終わる。
ヒナタは携帯を胸ポケットにしまうと、ふぅと息を付いてシートに寄り掛かった。
赤信号の前で、静かに停まる車。
助手席から怪訝そうに伺う少年に、ヒナタは、ニッと笑いかけた。
「良かったな。あの賞金首、捕まったそうだぜ」
「………!」
汚れた前髪の陰で、少年の目が見開かれていく。
彼が助け出され、賞金首が逃走したのは、ほんの1時間前のこと。その賞金首が、もう捕らえられた…… その事実は、ヒナタであっても驚くべきことだ。
だから。
だからこそ、ヒナタは賞賛を込めた眼差しで、少年を見た。
何がなんだかわからないとただ目を瞬かせている、ボロボロの少年を。
「褒めてやるよ、チャコール。お前さん、大した腕だ」
「…………」
「お前さんが、アイツの隠れ場所洗いざらい調べてくれたからな。その情報を適当にばらまいたら、すぐに賞金稼ぎ共が押し掛けてったらしいぜ。アイツ最近賞金額が上がったらしいし、狙ってるヤツも多かっただろ」
携帯をしまった胸元を、ヒナタは軽く叩く。
賞金首を狩る賞金稼ぎ達にとって、まず厄介なのは、賞金首がどこに潜んでいるかということだ。
魔物は時にリヴリーの姿に偽装し、都会の闇に巧みに隠れ潜む。賞金首の居場所を突き止めることから、賞金稼ぎの戦いは始まっていると言っていい。
だけど、狙う場所が始めから数カ所に絞り込まれているとしたら?
賞金稼ぎ達は、魔物と渡り合うだけの戦闘技術を持った連中だ。それらが何人も集まり、候補地をしらみつぶしに当たっていけば…… やがてどこかしらで賞金首を見つけ、捕獲するだろう。
そして、実際に賞金首は捕らえられた。
逃走から1時間という、極めて短時間で。
「…………」
信じられない。
まるで言葉を失うかのように、チャコールはただ目を見開いているだけ。
賞金首を前に手も足も出ず、泥だらけのボロボロになった自分が、一体どんな役割を果たしたのか…… まだ、わかっていない。
だから、ヒナタはニッと笑ってみせた。
汚れたその肩へ、そっと手を伸ばしながら。
「なぁ、チャコール。俺みたいなただのチンピラでも、思うんだ」
ゆっくりと噛みしめるように、ヒナタは言った。
「確かに俺達は、金も権力もなければ、腕っぷしも大したことはねぇ。だが、そんな俺達だって…… 俺達なりに上手くやれば、悪足掻きくらいは出来るんじゃねぇかって、さ」
「…………」
ぽん。
まだ細い弟分の肩を、大きな手が叩く。
震える赤い目を真っ直ぐに見据えながら、ヒナタは、そっと目を細めた。
「良くやったな、チャコール。大したもんだ。これで…… アイツも、少しは浮かばれるだろうぜ」
「………………」
信号が変わって、青になる。
その手をハンドルへと戻し、ヒナタはアクセルを踏んだ。
規則正しい流れに乗って、車は進んでいく。整然とした都会の街並みを。
窓ガラスに映る夜景の中に、助手席の少年の姿が重なっている。
赤い目を見開いたまま、少年はヒナタを見上げていた。
その左手からナイフが零れ、座席の下へと転がり落ちていった。
それは、“情報屋チャコール”が活動を始める3年前のこと――――
■ という、ヒナタとチャコールの過去話でした。
まだチャコールが10代前半の頃。ヒナタの元で弟分として面倒を見てもらっていた頃でした。
この頃のチャコールは、まだまだ子供。
今みたいに何でもクックッて笑い飛ばせるわけもなく、年並みに感情豊かでした。頭は良かったみたいですけどね。
ヒナタも、今はすっかり丸くなって穏やかな主夫ですが、この頃はまだ尖ったところもあったようです。
煙草なんか吸ってたりして。今は止めたようですが。
そんな、今とはちょっと違う過去の二人。書いてて新鮮で楽しかったです~^▽^
■ 話変わって、リヴではミニリヴが脱走中で大変ですね。
……は、速い……orz
ミニリヴさんたちの素早さに翻弄されっぱなしです。パラフィンは速そうなイメージあるけど、タルクがあんなに素早いとは……
でも何とか頑張って捕まえて来ました。
紅茶缶そのものも素敵ですが、合成で出来るティーポット良いですね~^▽^
特に、透明ポットのが好きですー
「お招きありがと、ナオちゃん。たまには人の淹れてくれるお茶もいいよねー♪」
「いつも君にはご馳走になってばかりだからね。君ほど美味しく淹れられるかわからないけれど」
お友だちのニコを招待して、クゼさんの教会でお茶会。
ニコはカフェをやってる専門家ですが、クゼさんの紅茶にはクゼさんなりの美味しさがあって好きみたいです。
クゼさんの紅茶は、技術よりも、おもてなしの気持ちと優しい愛がこもってますから^^
クゼさんの教会は、いつでもお客様歓迎ですよ。
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